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あおぞら作業所10周年記念誌 |
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あおぞら作業所落成10周年にあたり 大柿町社会福祉協議会会長 峰重信 |
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昭和六十三年十月ニ+八日あおぞら作業所の落成式が挙行された。落成式に、こぎ着けるまでの経緯に触れてみたい。昭和五十五年六月大柿保健所のご指導でソーシャルクラブが発足、大柿町社会福祉協議会から数名の民生委員の参加と家族会の有志がメンバーとともに努力した。当初は、作業はおろか会合する場すらなく保健所の食堂で時問帯を考えながら使用させてもらったことから出発したのである。 このような状況の中で、下請け作業を捜し、出来た腕抜など小物の販売先を捜し、作業に協力して下さるボランティアのお願い等まことに苦難の道であった。 昭和六十二年四月江能地区精神障害者家族会が正式に発足するまでの約七年問にわたってご指導いただいた当時の木村正則大柿保健所長さんを始め多くの関係者にあらためて感謝を捧げたい。大柿町民児協・大柿町社協は大柿保健所の熱意と家族会の要請に応え、県共同募余会から多額の助成金をいただき、さらに江能四町・能美島ライオンズクラブ・地域内の仏教団体等多くの善息の募金が寄せられ昭和六十三年十月二十八日待望の落成式が挙行された。 おもえば、この十年の間に江能特別養護老人ホームの建設・江能福祉作業所がセルプ江能に整備された。願わくば木日の記念の集いを契機としてご参会の皆様のご理解ご指導を賜り、入所者・保護者が安心して通所できる施設建設の早期実現を祈念してやみません。 |
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10周年記念誌によせて 江能地域家族会会長 M.Y. |
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あおぞら作業所は、昭和六十二年四月一日に江能地区精神障害者家族会(通称江能地区家族会)として家族会が発足し、作業所の建設を是非とも実現したく、保健所・家族会はもとより社会福祉協議会・町行政と一体となって昭和六十三年十月二十八日に念願であった立派な作業所が新築完成いたしました。 平成七年三月には屋外に鉄骨二階建ての作業場が増築されて、作業能力が一段とあがりました。 作業所発足当初は通所生は五〜六人であったが、近年は十三〜四人前後となり、建物が手狭になってきたので、関係機関に増築拡大又は移転等を要望しているところであります。 作業所内の主な作業は、企業のご支援により牡蜻種用の帆立貝の蓋の針金通し、又半切布を利用した小間物作り、さらに近年は盆灯龍の一貫した完成品を作っております。 作業は一般社会の会社の仕事程きつい仕事ではないが、病院から退院して社会復帰を願う患者にとっての作業所は、仲間とのふれあい、心の安らぎを得て仕事の持続性の訓練の場として重要な位置をしめています。 この人達に対する偏見差別は家族内にもあり、これを解消していくことは、私たち家族は勿論のこと社会の人々に押し広げていく不断の努力を続けたいものです。 関係機関ならびに関係者の皆様には、よろしくお願いいたします。 |
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10周年記念誌によせて 大柿町社会福祉協議会事務局長 藤村政雄 |
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あおぞら作業所開設10周年おめでとうございます。 住み慣れた江能4町の各地域から、所生は自からの通所で週5日来所されております。 通所生は回復者及び回復途上にある者でして、人に対してやさしい心の持ち主であり、まじめな人たちの集団で、働く姿に感動があり、和気あいあいと作業に取り組んでおります。 社会復帰を願って「あせらず゜・「たゆまず」自ら体調を整え、 体力をつけること「気分いっぱい」頑張って生きがいを実感できる作業所にと思っています。 あおぞら作業所では、江能4町が開催するイベントに出展する小物作りや年間をとおして盆灯餌の製作・販売とカキの貝殻通し等で 収入の確保に努めております。 通所生の増加に伴って、税施設では狭くなりましたので、作業と運動が伸々とできる場所が必要条件であり、今後における大きな課題であります。あおぞら作業所が地域のみなさんと共にいつまでも続し、通所生に恵まれた日々が訪れますよう祈念申し土げます。 |
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あおぞら作業所10周年によせて 広島県呉保健所大柿支所 幸城 ケイ子 |
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あおぞら作業所十周年おめでとうございます。開設当初を知るものとして当時を振り返ってみますと、昭和六十二年四月にソーシャルクラブの家族の集いから家族会が発足し、会の活動目標を「作業所づくり」とし、通所生と一緒になって保健所で小物づくりを始めました。借家捜しをするも見つからず、大柿町社会福祉協議会に協力を求めたところ「借りるのではなく、作業所を建てれば財源対策は、社協でなんとか考える」と、会長の力強い言葉を頂きました。 昭和六十三年十月、大柿町社会福祉協議会の全面的支援のもと、木の香りいっぱいの木造平屋建が新築しました。土地は、大柿町が無償貸与、財源は江能四町や、共同募金会から、又運営費については精神陣害者就労促進事業の法的補助金以外に江能四町から法的外の補助金をいただくことになりました。当時としては画期的なことで、これもひとえにに、社会福祉協議会を始め各町や、関係者の方々のご理解、ご協力と家族や通所生の踏ん張りがあったからです。 一方、作業は、週三日とし、牡蜻の貝殼通しやパジャマ包装を、 カキ養殖業者や縫製工場、民生委員、ボランティア等、多くの方々、の協力を得て始めました。 その後、私は作業所の運営が軌道に乗りかけた、平成元年に転勤となり、この度再度、大柿に赴任してまいりました。 久しぶりに作業所にの伺いまずびっくりしたことは、広いと思っていた作業場が、足の踏み場もないくらい狭くなっていることでした。それもそのはず、開設1初九名の通所生が現在は十九名と倍増し、作業内容も灯篭づくり等拡大され、狭くなっているのが当然だったのです。 このト周年を機に通所生の「広い作業所がほしい」の声をぜひ実現できるよう、関係者や地域の方々の暖かい支援を願ってやみません。これからも、心の病と闘っている人達が、江能の地で安心して生活していくための支援の場として、あおぞら作業所がますます発展されますよう、お祈り申し土げます。 |
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あおぞら作業所10周年について 広島県呉保健所大柿支所 間賀田 律子 |
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あおぞら作業所十周年おめでとうございます。 十年前どこの精神陣害者家族会も作業所作りに燃えていました。しかし、いざ作業所となるとなかなか良い場所や建物に巡り会えず、借家ならいい方で、納屋や倉庫を改造して利用するところもありました。 あおぞら作業所は、独立した作業所として建築されたと、他の地で聞き、うらやましく、力強く思いました。 しかし、十年を迎えた今、通所生も増え、作業の種類も多くなり、もっと広く利用しやすい作業所への夢が広がってきています。この機会に皆で力を合わせて次のステップを目指して進んでいけたらいいと思います。 |