5.自分を改革する努力をし、新しい人生を創る

断酒を軌道に乗せることは、他の様々な問題を解決するために必要不可欠である。そのために家族は、アルコール依存症や断酒について、深く理解することが大切であり、断酒の過程や、回復の過程を知ることが重要になった。
断酒初期には、酒害者はストレスに非常に弱いので、ちょっとしたことで感情が揺れ、不眠やいらいらを起こして酒に走ることがあった。その時期に家族は焦らず、酒害者をやさしく見守った。
一方、家族は、酒害者の断酒ができていようがいまいが、共依存によって歪められた自分と酒害者の関係を見つめながら、自らの回復を始めることになった。
家族と酒害者は、不正、不信、軽蔑、拒絶、支配等の不健康な共依存関係から、正直に語り合い、信頼し合い、尊敬し合い、受け入れ合い、互いに対等である健康な関係へと、徐々に変化していくことが必要である。そのために家族は、自分の力で相手を変えることはできないが、自分の力で自分を変えることはできるの言葉通り、自らを変える努力を始めた。
家族は過去、酒害者の起こした問題について悩み、酒害者を何とか変えようとして、おだてたり、怒ったり、迫ったりで、自分の思いどおりにしようとしてきた。
しかし、もう、酒害者の問題で苦しむことはやめた。酒害者をいくらコントロールしようとしても、新しいものは何も生み出せないのである。それよりは、家族自身が自分をどう変えるのかが、もっとも重要なことになった。
また、家族が自分を変えることができると、結果として酒害者もまた変わっていくものであると気づいた。
自分を変えようとするとき、自分に変えられるものと、変えられないものを区別する賢明さを持ち、変えられるものは勇気を持って変えようとした。変えられないものは無理に変えようとしないで、素直に受け入れた。そして、変えていくことに焦らなかった。ゆっくりしたペースで、変え易いものから順に取りかかった。
家族は、断酒がもたらした多くのものに感謝した。感謝の気持ちを忘れないことが、家族関係を安定させたから。
家族は、例会の中で酒害者や他の家族の体験から学び、また、実践を通して書かれた書物から学んだ。学んだことを日々の生活の中で実行してみた。自分に足りないものを補うことができたから。
家族は、マイナス思考をする癖を捨てた。自分の欠点ばかり目立って、新しい人生の展望が開けなくなったから。
家族は、プラス思考を心がけた。自分の長所に気づき、それを伸ばすことで新しい展望が開けたから。それがまた、不健康な家族関係から、積極的で愛に満ちた家族関係をつくるのに、何にもまして大切なものであったから。
お互いの個別性を認め、お互いの最良の資質を引き出し合い、お互いの関係の中で成長し続ける愛。代償を求めない愛。親密さを分かち合い、お互いの限度をわきまえ、自分が望んでいることを、お互いが正直に言える関係になろうとした。それが本物の家族愛であり、これから創っていく人生にとって、どうしても必要なものであった。
ところで、「自分を変えていくこと」すなわち、「新しい自分を創り、新しい家族関係を創造していくこと」を、家族は例会の場を場を中心にして進めていくのだが、それを家の新築になぞらえて説明してみる。
新しい家の骨格を示す設計図の基本的な思想は、酒害者や家族のための「指針と規範」である。その本の中には、どのような家をどのようにして建てるのかが、ぎっしり書いてある。そして、家を建てるための考え方と、技術を習得する方法も書かれている。
しかし、実際には、家族と酒害者が力を合わせて、自分たちにぴったりの家を、具体的に設計するところから始めなければならない。そこには様々な独自の工夫も必要だし、個性の発揮できるところでもある。
そんなときすでに、近所には「指針と規範」という設計図に沿って、家の建築が進んでいる家族もいる。彼らの意見を聞くことは、新しい家を建てるのに不安を解消したり、上手に効率よく建てるのに役立つ。
家族と酒害者は、力を合わせて家を建て始める。そのとき、両者の意見に食い違いがあったりするので、お互いの考え方を調節する必要が生じる。
もし両者が、自分の考え方通りばらばらに建てようとすると、新しい家はまるでまとまりのない構造になる。一方が洋風に建てているのに、もう一方は和風に建てるということになる。また、一方が一階を建てている段階で、もう一方が二階まで建てようとすると、バランスを欠いた家は危険な状態になる。
これは両者の回復度に差があるせいだから、どちらかが相手の回復を待ってやる必要がある。例会場で家建てに疲れた手を休め、英気を養いながら待ってやるのである。そして、相手の回復が同じレベルに進んだところで、二人の共同作業が始まる。
断酒会には、「アルコール依存症は家族ぐるみの病気だから、家族ぐるみで治す」という思想があるが、これは日本の家族や酒害者にとって、ぴったりの考え方である。
もし一方が、相手のことなど考えずに、自分のペースで強引に建築を進めると、もうこの家は倒壊するしかない。つまり、離婚という結末しか夫婦の場合は残されていないことになる。
最近、夫がアルコール依存症でよかった、と言う断酒会員の妻が増えてきた。
ある妻は、夫が断酒会に入会する三ヶ月ばかり前、離婚を堅く決意した。理由は、妻としてやるべきことはすべてやったが、夫の状態は悪くなるばかりた。ここまでが私の忍耐の限度である、であった。
妻の母親も夫の父親も、夫の方が一方的に悪いのだから致し方のないことだ、と同意した。夫は離婚する気など毛ほどもなかったが、自分の父親までが妻の肩をもったのに腹を立て離婚を承諾することにした。
ところが、離婚話の最後の詰めの段階で、妻の母親が、「片親になる孫が可愛そうだ」と言い、夫の父親が、「アルコール中毒でも酒をやめている人を知っている。おまえもひょっとすると、酒をやめられるかもしれない」と言った。とんとん拍子に離婚話が進んだことに、双方の親とも気が咎めたのだろう。
夫は父親の知人の断酒会員の手引きで断酒会に入り、一年ほどは飲んだりやめたりという状態であったが、二年目からはきっちり酒をやめた。
妻は断酒会に入っても失敗をくり返す夫に、何度も愛想をつかしそうになったが、先輩会員の家族の、「失敗したことを責めないで、例会に引っぱり出してほしい。もう少し待ってやったら、きっと酒をやめるはずよ」の言葉を信じ、我慢しながらその通りにした。
待ってやることで夫は断酒できたが、自分を変える気などなかった。自分の考え方が正しいので断酒できたのだ、と思い込んでいた。夫はドライドランク状態だった。断酒できてもこの程度の人間だったのか、と妻は夫を軽蔑した。
しかし、妻もまた、自分を変える気はなかった。夫同様、自分の協力法が正しかったから夫は断酒できたのだ、と思い込んでいた。妻は共依存状態だった。ドライドランカーの夫と、共依存状態を引きずっている妻との間には、いつも険悪な空気が流れていた。
入会五年目に、妻は大病をした。数ヶ月の入院生活の中で、妻は自分を変え始めた。死の不安が消えると、現在までの自分を、覚めた目で見つめられるようになったのだ。
妻は病気が快方に向かうのに比例して、共依存状態から急速に回復していった。そして、まだまだ自己中心性から脱却できない夫を、気長に待ってやることにした。今まで評価してなかった夫が自分の入院中、断酒と仕事と子育てを、曲がりなりにやってくれたことに、心を打たれたのだ。
入会して七年目に、夫の回復はやっと妻に追いついた。妻が闘病生活の中で明らかに変化したことに気づき、自分なりの危機感と問題意識が持てるようになったのが、回復へのきっかけをつかむ原因になったのだ。
この夫婦は、ごく普通の夫婦関係になるまでに七年も要したが、性格も、価値観も、回復度もまるで違うこの夫婦には、七年という長い時間は、どうしても必要であったのだろう。
この妻は、「現在の幸せな生活は、過去の苦しい生活の積み重ねの結果だと思います。幸せな暮らしをつくるためには、苦しい生活の中で得た知恵がどうしても必要ですから。私は自分の共依存に気づいてよかったと思います。そうでなかったら今の私は、まるで味気のない、あるいは、不平たらたらの生活をしていたでしょう」と言う。
夫も妻と同じで、「私のドライドランクの時期が長かったのは、アル中という劣等感から抜け出せず、自己中心的な考え方をすることで、自分を守っていたのでしょう。しかし、目が覚めると、その劣等感が回復へのエネルギーになり、現在の充実した生活につながっています。もし私がアル中でなかったら、こんな生甲斐のある生活はしていないでしょう」と言う。
どう考えてもアルコール依存症は、家族にとっても酒害者にとっても「負の体験」である。家族は共依存の中での行動に負い目を持ち、酒害者は多くの人間を巻き込んだことに、強い負い目を持つ。
家族も酒害者もその負い目の中に埋没すれば、それぞれの人生は終わる。しかし、自分を変える努力をし、自分の持つ負い目を覚めた目で見つめ続けることができれば、家族も酒害者も新しい人生を創るための、様々な知恵を自分のものにできる。「負の体験」も使い方で、それぞれのかけがえのない財産になる。