3.酒害体験を掘り起こし、過去の過ちを素直に認める。また、仲間たちの話を謙虚に聞き自己洞察を深める

家族は長い間、酒害にまき込まれて生きてきた。酒害者の暴力があろうとなかろうと、入院していようといまいと、酒害は家族の心をずたずたに切り裂いた。酒害の破壊力はすざましく、家族は常にその渦中にいた。
酒害者は、自らが抱えている酒の問題を認めようとせず、言い訳、正当化、合理化し、都合の悪いことはすべて家族のせいにして、家族を攻撃さえした。そのような家族の苦痛や犠牲を十分認識した上で、家族にまったく問題がなかったのか、というとそうではない。

酒害の強烈な破壊力はそれを耐えて一家を守ろうとする家族を、共依存という不健康な状態にさせた。酒害から自分自身や他の家族を守ろうとするときには、どんな理性的な判断力を持つ家族にも共依存は生じてしまう。酒害がひどければひどいほど、酒害に巻き込まれる時間が長ければ長いほど、家族は共依存の深みにはまっていった。

酒害者への愛、他の家族への愛ゆえに、また、アルコール依存症や共依存への無知ゆえに、家族は次のような共依存に陥っていたことに気づいた。

家族は、酒害者がどんなに努力してもコントロールできない飲酒を、自分の意志でコントロールするように要求したり、家族自身がコントロールしようとして、実現不可能なことを求めることで、酒害者の自尊心を傷つけた。

家族は、酒害を酒害者の人格の問題として責め、嘘つき、無責任、無神経などと非難してきた。このことで自分は駄目な人間と、酒害者は自分を否定的に捉えるようになり、家族は結果的に、酒害者と次の酒に追いやることとなった。

家族は、世間体を気にしたり、周囲の人への気兼ね、自分自身の不安から、酒によって生じたトラブル、事故、借金などの後始末をした。このことによって、酒害者の気ずき、回復を遅らせた

家族は、酒害者の酒害への否認から生じる言い訳、正当化、合理化、攻撃に対抗するため、家族自身にも同じような言動があった。そして、鏡に映った自分の姿が、酒害者とそっくりであることに気がつかなかった
家族は、酒害者の病気の症状ばかりに目をとられ、酒害者のさやしさ、まじめさ、律義さ等の本質的部分を見失った。そのことで、家族自身もやさしさを失った

家族は、酒害者の本質的部分を見失うことで酒害者を否定し、見放した。仕事や子育てに熱中することで酒害者を疎外した。

家族は、酒害者が断酒会につながり、やっと断酒をしはじめたとき、これまでの欲求不満を浄化しきれなかったため、過度の期待をし、期待に応えられない酒害者に怒りを爆発させた。

家族は、次次と要求水準をあげることで、酒害者を追いつめることがあった。

家族は、酒害者が断酒会活動に真剣に取り組み始めたとき、取り残されたような気分に陥り、例会に通う酒害者の足を引っ張ることもあった。

家族は、酒害者が心身の健康を回復し始め、やっと自己主張ができるようになったとき、家族の思いどうりならなくなった酒害者に、こんなことなら飲んでもらったほうがよかったと考えることすらあった。

家族は、酒害者の世話を焼く必要がなくなると、いらいらして酒害者に当たり散らすこともあった。

家族は長い間、酒に巻き込まれた生活の中で、不健康な暮らしに慣れてしまった。
そうした意味で酒害者夫婦は「似た者夫婦」であった。

以上のような気づきは、家族が自分一人の力でできるものではない。断酒会の原則どうり例会に出席し、他の家族や会員の体験を謙虚に聞くことでやっと自分のものとすることができた。