2.断酒例会に出席し、自分を率直に語る

断酒会は、例会出席を酒害からの回復の柱とし、さらに家族の参加を奨励している。
家族にとっても、例会は不思議な魅力を持っていた。行こうか行くまいかと迷った上で出席しても、いやいやながらの参加でも、帰路は驚くほど爽やかな気持ちになれた。
家族が主婦の場合は、食事の支度や、後かたずけや、親や子供たちの事を考えた上での出席なので、特に大変であった。それだけに、行の足取りと、帰りの足取りが大きく違った。
家族にとっての例会の魅力の原因は、次のようなことである。

例会には、誰よりわかりあえる仲間がいた

誰にも理解されない、誰にも受け入れてもらえない悩みを持つ家族が、例会に出席することで初めて理解され、受け入れられ、共感してもらえた。

例会は心の浄化と癒しをもたらした

他の人からの共感に支えられて、心の奥に沈み、気持ちをいつも重くしていたつらい体験や感情が、例会の場で初めてほとばしりでた。酒による暴言、暴力、周囲からの非難などの傷つけられた体験をありのままに語ることができた。そのことで心の浄化があり、新しく生きるための癒しが進んだ。

例会での家族の体験発表は、酒害者の断酒をより強いものにした

家族は酒害者の状態を話すのではなく、「私は」をあくまで主語として、家族自身の体験を発表した。しかも、決して酒害者本人を責めるために語ったのではなく、その時の酒害者の気持ちを理解し、共感を求めて語られた。他の人たちがいても、その人たちが仲間であるため、はずかしめれられたとは、本人は受け取らなかった。逆に、そんなつらい生活によく耐えてくれた、と感謝した。そして、自らの断酒の糧とした。

例会は酒害者の否認を破った

家族の体験発表は、他の酒害者にも衝撃を与える。酒害者は自分の酒害について否認の傾向が強く、ほとんどの酒害者は過小評価している。しかし、自分の家族が語る体験には反発して、容易に受け入れようとしないが、他人の家族が語るときには、不思議に心が開かれ率直に認める。そしてそれが、自分の家族への思いをめぐらすことを可能にした。
また、自分の子どもにも酒害者は、心の奥底で強い罪悪感を持っているが、意識化されず断酒継続の動機になりにくい。しかし、多野酒害者の子供たちの体験は強く心を打ち、自分の子どもを理解するきっかけになり、断酒継続の意欲を高める。子ども自身にとっても、例会発表は自らを浄め、親の病気への理解が進み、自分のせいで親がアルコ−ル依存症になった、という間違った思い込みから解放された。

例会には気づきがあった。

家族は例会で酒害に苦しんだ体験を語るだけでなく、同時に酒害者や他の家族の体験を、じっくり聞くことが大切である。聞く中で自分が見え、自分の内面を語れるようになった。聞くことと語ることの中から、家族自身の不健康な面や、過ちへの気づきがえられた。

例会には勇気があった。

自分が一番不幸で、もっと苦労してきたと思っていた家族は、例会の中で、もっと不幸で、もっと大変な問題を抱えている家族がいることを知った。その上、そんな困難な状況を克服してきた家族も知った。
その事をとうして家族は大きな勇気を得、断酒協力と、みずからの回復への努力が続けられるるようになった。

例会は意志の伝達をスム−ズにした。

日本には以心伝心という言葉があるが、酒害者の家庭では、こうした形での意志の伝達は無理がある。そこで、特に家族関係がうまくいっていない家庭では、相手の心を知るために、相手に語らせることが必要不可欠になる。
ところが、例会という場には安らぎがあり、複数の家族がいるので、安心して自ら語ることができ、無理のないかたちでの意志の伝達を可能にした。

例会で家族の在り方をまなべた

われわれは自分の親から伝えられた、家族モデルしか持ち合わせていない。
しかし、自分では自分の生き方、家族の関わり方、物の考え方が正しく、効果があったと思っている。そして、そのことにきずかず、それを正しいものと考え、お互いが傷つけあっている場合がある。
そんな家族たちが例会で多数の家族と同席し、彼らの話を聞くことで、異なった家風、習慣、家族関係を知り、自らを振り返り、より機能的な家族づくりに役だてることができた。

例会は回復のための体験学習を促した。

共依存からの回復には、新しい様々な知識や経験が必要である。そうした書物からだけでは得られないものが、例会の中で得られた。失敗の経験、成功の経験が、例会ではいくらでも語られているからだ。
それを自分自身の経験に照らし合わせて、必要なものを取り入れ、実行することができた。そして」、その結果が再び体験として語られ、お互いの体験を豊かにした。
これまで述べてきたことが通常の例会の実態であるが、酒害者が飲酒中である場合、断酒を始めたばかりの場合、また断酒できていてもドライドランクの場合は、本人の羞恥心が強かったり、否認の傾向が強いので、家族はありのまま語れないことが多い。
家族は決して、本人を非難するつもりはないのだが、本人はそう受け取るのである。こんな時、家族の体験発表は慎重すぎるほど慎重にならざるをえない。
こうした場合、自分の深い内面を語り回復を目指す、家族だけの家族例会が極めて重要になる。家族だけのばであるので、安心して自分の心の傷をかたり、心の癒しが始められるからだ。

酒害者の病状だけを体験談として話すことは、家族の回復にとって無意味であった。

病状だけを語ることは酒害者の表面的な批判となり、家族自身の恨みや憎しみを強化するだけである。
しかし、酒害者の症状を話すと共に、例えば家族自身のアルコ−ル依存症への無知を語れば、有意義な体験談になる。あるいは酒害者の症状を話すと共に、その時の自分の感情や対応を振り返って語れば、有意義な体験談になった。
家族例会は、お互いが親密になることを容易にした。家族同士が仲間として共感、浄化、勇気、気づきをいっそう深めることができたからだ。
家族同士が仲間として信頼を深め、より率直に自分を表現するためには、家族例会での秘密保持が特に大切であった。秘密が守られていることで事実を語ることができ、自分が抱えている問題を気づきやすくしたので、回復を進めるためには特に必要なものであった。
例会に家族が出席し、自らを率直に語ることを、断酒会が重要視している理由は、以上の点である。