1.酒に対して無力であり、自分一人ではどうにもならなかったことを認める
 家族は、家庭内の酒害問題を解決するため、様様な努力をしてきた。
ある妻は、夫に節酒させようとして、二合だけでやめるように夫に約束させたが、
結局は腹いつぱいになるまで飲まれた。
 夫が外で醜態をさらしたり、他人に迷惑をかけたりするので、家だけで飲むように誓わせたが、酔つぱらつた夫が外に出ることを、どうしても止められなかつた。
親から、おまえの飲ませ方が悪いのだと言われ、家の中で楽しく飲ませるために、いつしょに飲むことさえ試みたが、まるで無駄なことであつだ。
 ある妻は、量が多いと夫を説教し、せめて昼間だけは飲まないでほしいと哀願し、飲む回数を減らすためだと言つて、家に酒を置かなくなつだ。
 夫の飲み友達を家に寄せつけず、行きつけの小料理屋やバーに飲ませないように電話し、
最後には夫の身体検査をして、金を一円も持ださないようにした。
そのくせ結局は、世間体が気になって、夫が借りまくつた借金を文句たらたら支払つだ。
 ある妻は、酒で大失敗を演じた夫に禁酒を約束させ、夫もしぶしぶ承知したものの、
すぐ隠れ飲みを始めた。
妻は夫の飲酒の現場を押えたり、隠している酒を見つけるのに必死になつだ。
見つけては流し台に捨てたり、酒瓶を割つてうさを晴らした。
 そつと夫に近づいて匂いを嗅いだり、表情を探つたりした。
隠してある酒瓶にこつそり目印を入れ、時間を置いてから、酒が減つているかどうかを確めた。
あるいは、酒瓶の位置がずれていないかどうかを調べた。

 一方、夫は何がなんでも酒を飲もうとして、様様な策を立てた。家の中だけでなく庭のあちこちに酒を隠した。
それが発見されると、家族が寝静まるのを待つて家を抜け出し、深夜営業のスーパーや屋台にいつた。
朝は朝で五時になるとヽ妻の寝息を確めて自動販売機に走つた.
妻と夫の間にヽいつ果てるともないイタチごつこが展開され、家族のすべてがそれに巻き込まれた。
 また、酒乱の夫を持つ妻の悩みは深刻であった。
今日はおとなしくしていてくれるのか、子供や親たちに暴力を振るつたらどうしようか、と朝から不
安になった。
そのため、夫の機嫌をとることに全神経を集中し、何とか夫の
気分と酒量をコント口−ルしようとしたが、結局は無駄な努力であった。
 暴力がなくても、夫が家庭で自分の役割を果たせないことで、家族中が欲
求不満になり、怒りや不満を掻き立てられた。
酒害をめぐる経過は様様でも、酒害は本人、家族を地獄に突き落としていた、
と言つても過言ではない。
 こうした家族の悪戦苦闘の体験は、酒害者の心や酒量をコント口−ルできないことを
、家族に認めさせるものであつた。
事実、家族も心の中では、こんなことをしても無駄だ、とわかっていたのだろう。
 しかし、無駄だとわかつていても、それ以外のよい方法を考えつくことが
できなければ、酒害者の健康や子供たちの将来のためにという順いが、家族
をそういう行動に駆り立てたのだ。
日の前で愛する人間が酒の犠牲になつて、身も心もぼろぼろになつていく姿を、
見過ごすことはできないのだ。
 ある妻は、夫の酒害が進むと職場でどうなるのか、昇進どころか首になる
のではないか、会社は家族の責任を問うのではないか。
もしも仕事を失つたら家計はどうなるのか、口−ンの支払いは、子供の教育費はと悩み続け、
急場しのぎの嘘を会社に平気でついてきた。
夫の嘘を責め立てていたのに、自分も同じことをやつてきた。
 ほとんどの家族は、救急車のサイレンを聞くと、飲酒運転で事故を起こし
たのではないのか、他人に怪我をさせたらこの家は破滅だ、と不安になった。
 妻たちの大部分は、こんな家庭で子供たちは満足に育つのだろうか、非行
に走るのではないか、父親のような酒飲みになるのではないか、と落ち込ん
だ。
 そして、明日という日がどうなるのかもわからず、子供たちに明るくのび
のびとした幼児期、少年期を与えられない自分を責めた。
このままでは駄日だ、子供たちのために離婚するしかない。
いや、苦しくても子供たちのためには、両親がそろっていた方がよい、と迷い続けた。
 また、妻たちは夫の酒をコントロールすることだけでなく、
夫の酒によって家族の関係が切り裂かれるのを防ぐため、今度は夫と他の家族との間を取り持ち、
自分の思い通りにコントロールしようとした。
しかし、それは無駄な努力であつたので、そうした行動をくり返す中で、心の健康を損い、理性
的な判断力を失つてしまった。
 そして結局、もう夫は駄目だろう。
残された方法は何もなく、夫の死をひたすら待つだけだ。
自分や子供たちは、不幸を背負つて生まれてきたのだ、
と諦めかけた。
 だが、機会に恵まれて、夫が何とか断酒会に入会し、疑心暗鬼で初めて出席した例会で見た、
断酒会員やその家族たちはどうであつたか。
この人たちが以前、本当に酒害に苦しんできたのだろうか。爽やかな笑顔で迎えてくれ
た家族たちは、本当に自分と同じ体験をしてきたのだろうか、と妻たちは自らの日を疑つだ。
 しかし、彼らの語る体験談に耳を傾けると、まぎれもなく自分と同じ苦労をしていた。
また、おずおずと少し話してみると、心から共感してくれた。
たつた一度の例会出席で、同じ苦労をした者同士でなければ味わえない、強い一体感すら感じられた。
 また、彼らの話を聞き続けている中で、これまでの自分の、実りのない苦闘の謎が解けていつた。
本人にもどうしようもできなかつな酒が、いくら家族の協力があつても止まらなかつた酒が、
断酒会という集団の中で解決できることを、やつと理解できるようになつだ。
自分の意志で酒をコント口−ルできないことが、アルコール依存症という病気の本質であることを知つたのだ。
そして、本人がどんなに頑張つても抑制できなかつだ洒を、
家族が本人に代わつてコント口−ルできるはずがない、
ということを心の底から思い知つたのだ。
 また、酒害者が無能であつなり、だらしない人間であつかわけではなく、
家族への愛がなかつだのでもないことがわかつだ。
本人が様様な闘いの末、この病気が自分の力だけではどうすることもできないことを体感したように、
家族もまた、自分たちの力ではどうすることもできないことを体感できた。
 こう考えると、これまでの家族の苦しい闘いは、決して無駄ではなかつだ
ことになる。もしこのような体験がなければヽ酒は誰にもコント口−ルできないという真実を、
まず理解できなかつただろう。
もし理解できたとしても、それは頭の中だけのものだつただろう。
 そして、本人が断酒会に入つて断酒を始めるとすぐ、断酒をあまく見て無
理な注文をつけ、足を引つ張つてしまつただろう。断酒が軌道に乗らなくな
ると本人を責めたり、できないことだとわかつていながら、また本人に代
わつて、酒をコントロールしようとしただろう。
 共依存という概念がある。これは前述したように、家族が実りのない闘い
を延延と続ける中で、そうした行動から離れられなくなり、家族の心が不健
康な状態になることである。また、妻以外の家族でも、共依存状態になるこ
とが多い。
 アルコール依存症の若い息子を持つ親は、子供の問題を若いうちに解決し
ようとして、子供の世話を焼きすぎることが多い。その結果、子供は現実に
自分が抱えているひどい酒の問題に、直面する機会を奪われてしまい易い。
 高齢のアルコール依存症者を父に持つ子供たちは、長い酒害生活に付き合
うことに馴れてしまつて、もう先が短いからと考え、父親を断酒会につなぐ
ことに消極的になり易い。
 妻がアルコール依存症である夫は、女性に対する社会の偏見が原因で、事
実をひた隠しにし、自分自身もひたすら我慢を続け、妻の回復の機会を奪つ
てしまい易い。
 このことに関して、本人からいろんな悩みを訴えられ、周囲の人だちから
は対応の間違いを指摘された。しかし、家族は飲酒を中心とした様様な問題
で、自分の強迫的な思い込みや完全主義的な傾向をどうすることもできな
かつだ。このようにして家族は、酒害者の飲酒を結果として支えてしまつな。
 酒に対しては、酒害者本人ですら無力であり、家族など周囲の人間も無力
であることがわかつな。また、これらの無力を認めることは、決して恥ずか
しいことでないこともわかつだ。
そして、酒害に関しては、家族がもがき苦しむことをやめ、家族自身の心の落ち着きを、
自らの手で取り戻さなければいけないことがわかつだ。

自分の意志で酒をコントロ−ルできないことが、アルコ−ル依存症の本質であることを知ったのだ。そして、本人がどんなに頑張っても抑制できなかった酒を、家族が本人に代わってコントロ−ルできるはずがない、ということを心の底から思い知ったのだ。
また、酒害者が無能であったり、だらしない人間であったわけでなく、家族への愛がなかったのでもないことがわかった。本人が様々な戦いの末、この病気が自分の力だけではどうすることもできないことを体感したように、家族もまた、自分たちの力ではどうすることもできないことを体感できた。
酒害で荒れ果てた家庭を立てなおすためには、自分一人の力ではどうにもならなったことを、家族のひとりひとりがみとめよう。